2007年3月15日木曜日

いのち弾けるお寺の7年

本日をもって、應典院を卒業いたします。

ごあいさつに1日だけこの場をおかりすることをおゆるしください。



2000年4月「呼吸するお寺」と「辺見庸さん来山」の文句にひかれて、應典院の門をたたきました。ともにガイダンスを受けたのは、同期入山の劇場担当の柳澤尚樹さん、林裕介さんでした。

今思えば、モデルとなる働き方なぞ、見つけることのできない特殊なおつとめスタイルでした。



「お寺の職員です」といえば、「お寺の“職員”ってどういう意味ですか?」

「劇場があって若い人がたくさん集います」といえば「どうなってるんですか?」



話せば話すほど、質問者の混乱もようがつたわりました。

正直いえば、説明する本人も、ひとことで紹介しきれないもどかしさを抱えながらで、手探りしつつ歩んできた最初の数年間でした。



その歩みのなか、ときには険しい道があり、進むべき先がわからなかった時には、どんなに忙しくても必ず、力強く支えてくださった池野亮事務局長、ともにその時期を過ごした先輩である川井田祥子さん、丸谷亮子さんにも多くを学びました。

大蓮寺エンディングを考える市民の会初代事務局長の田中いずみさんと過ごした時間は、より強いチームワークをもってことにあたることの楽しさ、仕事の充実を実感させてくれました。



山口洋典新主幹を迎え應典院が大きく動いた今年度、ダイナミックな事業展開の一方、ほんとはとても繊細で、きめこまやかなこころ配りをする事業統括の姿がありました。「スイッチ入れっぱなし」で、息を切らしながらも、ともに事業を動かしてきた同志・城田邦生主務からは、人をつなぎ、ものごとを創造していく知恵を学びました。應典院9年目で生まれた築港ARCの朝田亘ディレクター、スタッフ小林瑠音さん、桔梗谷光生さん、桝田聖美さんには、新拠点を生かしたこれからの活躍を期待したいです。



多くの関心と人が集うお寺・應典院と、この場をつくり上げてこられた秋田光彦住職に感謝申し上げます。7年間お世話になりありがとうございました。



みなさまのご健康(ほんとうに!約束!)とご多幸をお祈り申し上げます。 (お)大塚郁子

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